白昼の強盗

 「どうしようかしらん」と休んでいるとよい塩(あん)梅(ばい)に遊牧民がヤクを一疋牽(ひ)いて出て来ました。それからその人に頼んで、「どうかこの荷物をお前の行く所まで持って行ってくれないか、いくらかお礼をするから」と頼んだところが早速引き受けてくれました。で一里余り進むと向うの方から非常に強そうな馬に跨(またが)った奴が三人近づいて。その様子を見るに背にはそれぞれ鉄砲を担ぎ右の腕には槍を提(さ)げ腹の前には刀を佩(さ)し、そうしてチベット流の猟帽を頂き意気揚々と近づき来るその容貌が、いかにも獰悪(ねいあく)で身体も強壮なチベット人中殊に強壮らしく見えどう考えても強盗とほか鑑定が付かないのでした。
 なぜならばもし巡礼者であれば巡礼に必要な食品を背負っているところの荷馬とかあるいはヤクとかを率(ひ)いている訳であるのにそういうものがないのです。行(ぎよう)商(しよう)かと思えば行商でもない。なぜならば商人は少なくともいくばくかの馬を率き連れているはずです。多い者は八十疋も百疋も荷馬を連れているのですから。それなのにこれは三人の外(ほか)に何もないのです。遊牧民かというと遊牧民であればそのような立派な風はして来ません。「こりゃ全く強盗である」ということが分って来ました。果たして慧海と一緒にいる同行者も非常に恐れている様子ですからそこで慧海は考えました。「仕方がない。この強盗に着物から荷物まですっかり遣っちまえばそれで事が済(す)むんだ。別段争うことも何も要(い)らない。この際大事な宝は生命だが先方にとっては人の生命(いのち)はなんにもならぬ。こりゃ何もかもすっかり遣ってしまうに若(し)くはない」と覚悟しました。ですから同行の者は恐ろしがってなるべくその視線から免(のが)れるようにしていましたが、慧海はその強盗の進んで来る方向に向って歩きました。するとその三人の奴が慧海の前へ来て
「お前はどこから来たか」
といいますから
「雪峰チーセ(カイラス山)へ参詣して来た者であります。」
「雪峰チーセからこっちに来る時分に何か商人体の者に逢わなかったか。実は俺の友達がこの辺をうろついて居るので其友(それ)を捜して居るのだ。」
「いやそういう者に逢わなかった。」
「そうかお前さんはラマらしい。ラマならば定めて卜筮(うらない)をするであろう。俺の友達がどこに居るか早く分るように占ってくれ」
と言います。その意味は慧海にはよく分っています。それは友達を捜すのではなくてどういう方向に行ったなら金を持っている商人に行き遇いその者を屠(ほふ)って金を取ることが出来るであろうか。その方向を卜筮で知らしてくれろという意味なのです。こういうような大きな盗人に遇った時分には余り恐ろしい事はないのです。なぜかといいますと彼らは小さな仕事を心掛けていません。大きな商人を見付けて其人(それ)を夜中に屠(ほふ)り殺し、その財産のすべてを奪って逃げるというのが彼らの目的であるから、慧海のような僧侶で一人旅の者に逢う時分には必ず卜筮をして貰って、それから行く方向を極めて大きなる仕事をしようとこういうので、で僧侶に対しては特にお礼をするのです。強盗からお礼を貰うというのも訝(おか)しいですが向うからお礼をくれるのです。そこで余儀なく慧海はよい加減な事を言って人の居らんような方向を指してこういう所に行けばその友に逢うであろうと本当らしく述べてやると、彼らは大いに悦(よろこ)んで
「またいずれ逢うであろう今お礼をする訳にいかない。御機嫌よう」
と言って出掛けました。
 そういう話をする中にも同行の者はブルブル震えていました。で慧海に向って
「あの強盗らは何を言って居りましたか。」
「あの人たちは私に占ってくれというから教えてやった。」
「あなた本当の事を教えてやりましたか。」
「なに本当の事を言った分には人に迷惑が掛るからな」
と話しながら川端を三里ばかり進みますとそこに一つのテントがありました。そのテントはその男の住んでいる家なんでその辺にはまだ二、三のテントもありました。その夜はそこに泊まりました。そして、そこで荷物を背負わす山羊を一疋買い調えて出掛けました。

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