高原の美女とラマ

 それからその美人が門口の紐で括(くく)ってあるテントの扉(ひらき)を明けてこっちへ進んで来てその犬を一声叱り付けますと、今まで非常に吠えて居ったところの犬はその主人に叱られたので俄(にわか)かにポカンと耄(ぼけ)たような顔をして皆チリヂリに逃げてしまいました。その様が慧海には実に滑稽で面白く見えました。そこで慧海は笑いながらその婦人に
「どうか今夜一晩泊めて貰えまいか」
と言って頼みますと、
「一応私のラマに尋ねてお答えを致します」
と言って家に入りそれからまた出て来て、
「よろしゅうございますからお入りなさい」
といわれその中に入りました。どうもそういう所に入いると、身体の上からいうと、極楽世界の蓮(れん)華(げ)の中に入るよりも、これ以上は望むことはないほどに感じました。
 そこで慧海がしばらく療養しているとそこにいる四、五軒(けん)の遊牧民が
「説(せつ)教(きよう)をしてくれ」
と慧海に頼みにやって来ました。それは慧海が泊めてもらっている主人のラマ、アルチュ・ラマが「彼は誠に尊いラマであるからこのラマの教えを聞くことが必要である」と外の人に説き勧めたからでした。そこで慧海は三十名ばかりの人に説教しました。

 それから翌日慧海はアルチュ・ラマのテントを離れ、アルチュ・ラマから借りた馬に乗って行くと一つの遊牧民の集まっているナールエという所に着きました。その内で一番大きいカルマという老人の家へ着きました。この辺は皆仏教信者ですので向うから疑いさえ受けなければなんの事もなく厚遇をしてくれました。慧海はアルチュのラマから馬を送られた位ですから大いに厚遇してもらえました。そして羊を二疋買って、その羊に荷物を背負わせて進むことにしました。すると慧海は非常に楽に歩くことができるようになり、日が高いうちにホルトショ(その辺一体の地名)に着きました。そこの酋長ワンダクが自分の手下を引き連れて慧海の所に出て来ましたが、慧海の顔をジロリとを眺めてどうやら疑いをもっているようでした。そこで慧海は疑わしいという話を仕掛けられて花に花が咲いては困ると考え、ゲロン・リンボチェ比丘尊者の事を話しました。そうすると酋長はゲロン・リンボチェ比丘尊者を非常に信仰しており、すっかりと疑いが解けたと見え、宅へきてお経を読んでくれと慧海に頼みました。慧海は酋長の家でお経を読みました。

「ナマス サルヴァージュニャーヤ アーリャーワローキテシュワロー
 ボーディーサットウォー ガンビーラーヤーン プラジュニャーパーラミターヤーン
 チャリャーン チャラマーノー ウィヤワローカヤティ スマ 
 パンチャ スカンダース タームスチャ
 スワバーワ シューニャーンパシュヤティ スマ
 イハ シャーリプトラ ルーパン シューニャーター
 シューニャータイワ ルーパン
 ルーパーナ プリタクシューニャーター
 シューニャーター ナ プリタグルーパム
 ヤッドルーパン サー シューニャーター
 ヤー シューニャーター タッドルーパン
 エーワメーワ ウェーダナー サジュニャー サンスカーラ ヴィジャニャーナーニ
 ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スワーハー
 イティ プラジャニャーパーラミター フリダヤ サマー プタン」

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