ネパールの国端

 そこはネパールの国端(くにはずれ)れでチベットの国の始まりという絶頂です。その辺は一面の積雪で埋っていました。慧海は、都合のよい石のあるような所を見付けてそこの雪を払ってまずそこに荷物を卸し、ヤレヤレとそこでまず一息して南の方を眺めました。そこにはドーラギリーの高雪峰が雲際高く虚空に聳えておりました。そして遙かに北を眺めて見ると、チベット高原の山々が波を打ったように広がっていました。その間には幾筋の川が蜿蜒と流れておりました。その景色を見て慧海は何となく愉快な気分になりました。まずその南方に対しては、これより遙か以南なる釈(しや)迦(か)牟(む)尼(に)如(によ)来(らい)が成(じよう)仏(ぶつ)なされたブッダガヤーの霊場を思い出しました。その日彼の霊場において誓願を立てこの国境までにはまずどうにか無事に着いたのです。慧海が日本を発って三年の月日が流れていました。
 ひとまず慧海は袋の中から麦焦(むぎこが)しの粉を出して椀の中に入れそれに雪と幾分かのバターを加えて捏(こ)ねました。それからまた一方の椀には唐(とう)辛(がら)子(し)と塩とを入れて置き、そうして捏ねた麦焦しをその唐辛子の粉と塩とを付けて食べました。それは極楽世界の百味の飲食も及ばないと思うほど旨いと慧海は感じたのでした。


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