ネパールの国端

 それから荷物を背負って息杖を頼りにその雪の中を進みました。ところがこれまでは日表(ひおもて)の山の方でしたので雪も格別沢山はありませんでした。ところが今おりる道は日(ひ)裏(うら)の方ですからどうもその雪の深いことといったらなんとも堪えられないほどでした。ようやく雪山を越えればゴロゴロした石が一面に散らばっていてどこに足を突っ込んでよいのか解りません。履いていたチベット靴は破れてしまい、足に出来ている豆が破れてそのゴロゴロした石にその血が染って行きました。
 それからだんだん下に降って行くと、ずっと向うに雪山がありました。その山の西北の方を見るとテントが二つ三つ見えました。思いがけないところにテントがありましたので、ここでテントを訪れると、「道のない所から出て来た、怪しい奴だ」と疑われやしないかと慧海は心配になりました。しかし人家がないからといって全く道のない所に出てしまってはまた困難に陥ると考え、慧海はテントへと向かうことにしました。


 ちょうど夕暮にそのテントの少し前に着くと大きな恐ろしい犬が五、六疋もやって来てワイワイと慧海に吠(ほ)え立てました。慧海はかねて教えられていた通り、犬に遇った時分には決して犬を打たず、静かに杖の先で犬の鼻先を扱(あし)らって遣り過ごしました。そしてテントの中の人に声を掛けると老婆が一人出て来て慧海の姿を見て、
「ああこりゃ巡礼の方だわい」
といいました。

続く



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