奇怪なる妙薬

 薬といえばチベットには奇々妙々の薬がありました。その薬の本来を知った者は恐らくチベット人を除く外誰も飲むことが出来ないでしょう。それはチベット法王あるいは第二の法王というような高等なるラマ達の大便は決して棄てないのです。また小便も決して棄てないのです。大小便共に天下の大必要物なのです。その大便は乾かしていろいろな薬の粉を混ぜて、そうして法王あるいは高等ラマの小便でそれを捏(こ)ねて丸薬に拵え、その上へ金(きん)箔(ぱく)を塗るとかまた赤く塗るとかして薬に用いますので、この薬にツァ・チェン・ノルプー(宝玉)という奇態な名を付けます。
 それは決して売り出すのではありません。なかなかそれを貰うことさえ容易に出来ません。まずよい伝(つ)手(て)がありお金を沢山上げてようやく貰いますので、貰ったところでチベット人は非常な病気になったとかあるいは臨終の場合に其薬(それ)を一つ飲むのです。それで快くなればその有難味が利いたといい、たといそれがために死んだところが、チベット人は満足して「誠にありがたい事だ。ともかく宝玉を飲んで死んだからあの人も定めて極楽に行かれるだろう」といって誉(ほま)れのように思っています。実に奇々妙々の風俗で、チベット国民が実に汚(お)穢(あい)極まるということも、こういう事によっても知り得ることが出来ると慧海は思っていました。
 しかしこういう材料で宝玉が出来ているなどということは、一般人民はほとんど知らないので、この薬は法王が秘密の法で拵えたごくありがたいものであるということを知っているだけで、その薬の真面目(しんめんもく)のいかんは法王の宮殿に出入する官吏あるいは官僧、その外それらの人々から聞き伝えて、いわゆるチベットの事情に通じている人間が知っているというだけでした。

続く



旅のご予約はこちらから↑








(C) Tabinchu Terada