↑ 上のシンボルをクリックすると
関連するYouTube動画が再生されます




 ラサの近郊にサムイェ寺がある。そこにあるサムイェ寺は円形の塀に囲まれており、その寺自体がチベット仏教の宇宙観、須弥山図を表している。いわば仏教宇宙観を示す曼荼羅寺だ。この寺の配置の全体像を見ることができる丘がすぐ横にある。その丘の一番高い峰には7、8m四方ぐらいの小さなお堂が建てられていた。
 丘の下の方からあずき色の袈裟を着た12、3人ばかりの坊さんの一団が経を唱えながら登ってきた。そして、丘の一番端にある峰に立つと、坊さんたちは、「ラーギャロー!」と次々に叫んで、馬が印刷された淡い桃色の護符、風の馬(ルンタ)を一斉に空に向かってばら撒いた。すると、その桃色のたくさんの紙切れたちは、丘の下から吹き上げる風に乗って何度も何度も不規則に身をくねらせて、ときには紫外線をたっぷりと含んだ太陽光線を真っ白に跳ね返し、ときには太陽に背を向けた面を桃色に透かせながら、濃厚な青空の中を統制の取れていない鳥の群れのように流れていった。YouTubeリンク


 インドから広まりそれぞれの変化を受けた様々な仏教の国や地域の仏教寺院や僧侶がブッダガヤに集う。ブッダの残した言葉を幹として仏教はその枝を広げた。しかし、仏教発祥の地インドでは、仏教は焼き落とされた先代の菩提樹とともにほとんど消え去ってしまった。それでも、仏教が消え去ったインドの大地の片田舎に犀の角のようにぽつりと立つ菩提樹の下に今いろんな国の人たちが訪れる。YouTubeリンク

 カッパドキアの岩を削って造られた教会ではキリスト教徒が修道生活を送っていたという。ここにやって来たキリスト教徒たちは終末が近いことを感じ、俗世界から離れたこの地で神に救いを求めて、洞窟の天井にイエスや天使たちの絵を描き、あるいは、迫害を逃れ、薄暗い地下の祭壇で静かに神に祈りを捧げたのかもしれない。YouTubeリンク


 エルサレム旧市街はイスラム教徒地区、ユダヤ教徒地区、キリスト教徒地区、アルメニア人地区に分かれている。イスラム教徒地区は神殿の丘の北側にあり、そこから悲しみの道が始まる。悲しみの道ーそれはイエスが十字架を背負って歩かされた道だ。道はイエスが死刑判決を受けた場所にあるとされる学校の敷地である第一ステーションから始まる。YouTubeリンク









(C) Tabinchu Terada